大阪(関西)の地盤沈下について少し前にあれこれ書いてきましたが、平成になってから確実に東京(関東)に勝っていたものがあります。
JRAでは関西が確実に関東を凌駕していました。近年はその差が縮まってきたとはいえ、2019年12月11日現在で賞金獲得額の比率は栗東61%,美浦39%です。
その理由としては
栗東トレセンに坂路コースができた。
関東の有力馬主が栗東トレセンに馬を預けるようになった。
東西の交流が活発になり関西馬が早いうちから直線に坂のある関東のコースを経験出来るようになった。
競走馬の購入が庭先取引から市場セリになり、有力馬が関西にも入厩されるようになった。
栗東の若手調教師による技術革新。
その他色々な理由が考えられますが、とにかくそれまでずっと劣勢であった関西馬が関東馬に勝ってきたのです。
このことから、他の分野でも決して大阪の地盤沈下を止めることは不可能ではないと言えます。
その昔、作家の故 山口瞳さんが「来年のダービー馬のことを考えたら死ねない。」と書かれていたのを読んだことがあります。
チャーチルが「一国の首相になるよりダービー馬のオーナーになるほうが難しい」といったぐらいです。
しかし、どうでもいい話ですが、私などはだいぶ前から「どうせサンデーサイレンスの産駒の一番強い馬に武豊騎手が騎乗して勝つのか。」と思って全く興味が無くなりました。(ただし、武豊騎手の功績を批判するつもりは全くありません。)まあ、いまはディープインパクトかキングカメハメハですか。とにかくエリート中のエリートしか脚光を浴びることがないようです。
三冠馬の価値の低下
日本では三冠馬になることはサラブレットにとって最高の栄誉とされてきました。
しかし近年三冠最後のレースである菊花賞の価値が低下して久しく、イングランドやアイルランドみたいに二冠を取った馬が菊花賞(セントレジャー)をパスしたり、アメリカのように春の皐月賞、NHK杯マイル、ダービーを三冠にするという時代が来るかもしれません。
タニノムーティエ
幻の三冠馬とよ呼ばれている馬は何頭もいますが、菊花賞や三冠馬の価値の低下を思うと、なぜか、この昭和の時代の名馬のことを思い出しました。
https://youtu.be/WqFzHCsfbyY
今でいう2歳夏のデビューからダービーまで、その勝利を含めて15戦12勝という現在では考えられない過酷なローテーションで走り抜けました。
昭和の時代は東西でそれぞれ2歳チャンピオンを決め、翌春になって関西馬が東上して初めて対決するというのが恒例でした。
昭和44年はタニノムーティエとアローエクスプレスがそれぞれ圧倒的な強さで東西の2歳チャンピオンになり、翌年のクラシックレース(今となっては死語ですが)は盛り上がりました。
スプリングS、皐月賞でのアローエクスプレスとの激闘、ダービーでは新しいライバル ダテテンリュウを下し圧倒的な強さで二冠馬に輝きます。
日本の高度経済成長が一つのピークを迎える昭和45年、その姿は世界中からエコノミックアニマルと揶揄されるくらい働いて奇跡の経済復興を成し遂げた日本人を映し出してるようでした。
アローエクスプレス
対照的な二頭。タニノムーティエはワンマンオーナーのハードトレーニングを生き残り、ムーティエ街道と呼ばれた3~4コーナーの大外を回って凄まじい追い込みで勝ち続ける、かたやアローエクスプレスは雄大な馬体を誇る良血馬でそのスピードを活かして先行して抜け出す。当時は今のように関西の2歳馬が関東でレースに出ることはなく、エリート対叩き上げが東西を代表して対決するということで盛り上がりました。
今でいう牡馬のG1レースは2000m以上しかなく、血統的に距離適性に不安があったアローエクスプレスは結果的に皐月賞こそが唯一のチャンスだったと言えます。現在ならこの馬こそ別の選択肢を取ったでしょう。
夏以降の一変する運命
夏をオーナー所有の牧場で過ごすのですが、ここの環境が最悪で競走馬として致命傷の喘鳴症を発生してしまいます。
現在なら出走させるだけでSNSで叩かれるでしょうが、陣営は菊花賞出走に踏み切ります。
https://youtu.be/d4SB2p-XxLg
今思えば当時は大らかな時代でした。ファンもタニノムーティエへの餞別代りか単勝馬券もそこそこ売れました。
この動画にあるように3000mを完走することさえ危ぶまれていたタニノムーティエが一瞬往年の豪脚を使い京都競馬場に地鳴りのような大歓声が起こります。
タニノムーティエとアローエクスプレスのその後
ご存知の通り、種牡馬としてはアローエクスプレスは産駒にそのスピードを伝え成功しますが、ハードトレーニングによって培われた競争能力は産駒に遺伝されなかったのかタニノムーティエは失敗に終わります。
ただしこの後、弟のタニノチカラが大活躍をし、この血統の優秀さが証明されたので残念です。
現在はこの時代と比べると本当に進歩し洗練されたように思います。昔は8大競争を勝つことが究極の目的だったのが、今やG1競走は増産され、距離、性別で分けられ、しかも海外まで選択肢は増えています。調教技術の進歩は目覚ましく有力馬はG1から休み明けでG1というローテーションで出走することも珍しくありません。
しかし今思うと、当時の泥臭いというか人間臭いというか、それも魅力的に感じます。
菊花賞でのタニノムーティエへの大声援も、当時でもシンザンという成功モデルがあったはずですが、それでも毎月のように走り勝ち続けダービ-まで15回も出走しファンを楽しませ、いわば人災によってターフを去ることになってしまったことに対して自然と起こったのでしょう。
アローエクスプレスで話題になった当時若手だった柴田騎手からベテラン加賀騎手への乗り替わり、この悔しさを糧に柴田騎手は一流騎手になられたとのことですが、エージェント制が進んだ現在ではそもそも若手騎手がアローエクスプレスのような馬に乗ることはありません。今なら最初からルメール騎手が乗っています。(笑)
まあ、昔と比べて味気なく感じるのは私の年のせいでしょう。(笑)
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