柏餅の次にあんこと直接の関連はないのですが、
粽について少し書いてみたいと思います。
端午の節句に日本で食べられる粽
さて、粽について調べていると、大概は
『楚の屈原がどうのこうの』という説明がなされているのですが、いまひとつ納得がいきません。
これはあくまでも
『中華粽』 の話であり、現在日本で端午の節句に食べられている、
『餅を笹の葉で包んだ和菓子』 とどう関係してくるのか?あるいは両者は全く関係がないのか!
現在、日本で粽というと次の三つに分類できます。
①和菓子の粽
②中華粽
③京都の祇園祭で使われる飾りの粽
粽の伝来
平安時代に中国から端午の節句が伝来したとき、粽も一緒に伝えられ全国に広がっていきました。
粽の語源(中国)
後漢(2世紀)の『説文解字』は、「粽」の本字
「糉」の字義を「蘆葉裹米也」(蘆(あし)の葉で米を包む也)と記している。この字の旁(つくり)には「集める」という意味があり、米を寄せ集めたものがちまきという事になる。「粽」は旁を同音の簡単な部品に置き換えた略字である。 (ウィキペディアより)
粽の語源(日本)
承平年間(931年 - 938年)に編纂された『倭名類聚鈔』には「和名知萬木」という名で項目があり、もち米を植物の葉で包み、これを灰汁((アク)で煮込むという製法が記載されている。日本ではもともとササ、蘆(あし)ではなく
茅(チガヤ)の葉で巻いて作られたため
『ちまき』と呼ばれる。(ウィキペディアより)
つまり、中国から伝来したササ、蘆(あし)で米を包んだ食べものを、日本では茅(チガヤ)の葉で巻いて作られたため『粽』を
『ちまき』と読むようになった、ということです。
チガヤ(茅・茅萱)というのは、ごく普通に見られるイネ科の多年草である。日当たりのよい空き地に一面にはえ、白い穂を出す。かつては食べられたこともある、古くから親しまれた雑草である。(ウィキペディアより)
粽は元々灰汁の持つ殺菌力や防腐性を用いた保存食でした。
その後、各地で改良や簡略化が行われ、特に京では餅の中に餡を包み込んだり、餅を葛餅に替えるなど和菓子化していきました。
江戸時代に五節句のひとつとなった際、江戸では柏餅が定着し、上方は粽が伝承されました。今でも関東では柏餅、関西では粽が親しまれています。
改良や簡略化
糒(ほしい)= 粽 ?
粽は、武士が戦をする時のための、携帯食&保存食として利用されてもおかしくありません。上杉謙信が考案か?というがこれは極めて怪しいですが、諸葛孔明の万頭やナポレオンの缶詰と同じで有能な将軍や武将は兵站を重視していたことの一例でしょう。まあ、ナポレオンはモスクワで大失敗をしますが。
竹には抗菌作用があるので、その笹の皮でお馴染みの『糒』を包む事によって、腰にぶら下げる事ができ、なおかつ数日は保存も効く様にしたと言う事の様です。
三角形になる様に編んだ笹の皮の中に『糒』を入れてしばり、水にひたして糒に水を吸わせた後に、ゆでます。時には塩味をつけた事もある様ですが、基本的にはもち米だけの中身なので、笹の香りがするオニギリになります。
水をひたす前の状態でいくらでも作り置きができ、必要な時に一気にゆでて配ればいいので、まさに戦のための食料です。
和菓子化
① 笹だんご
似た食べ物に笹だんごがあります。
笹団子
ヨモギ入りの餅をついて、中にあんこを入れて、笹の皮で包んだものです。
この笹だんごが「戦の時の携帯食&保存食として考案された」と至る所で紹介されていますが、わざわざ餅をついてあんこを練って包む様な手間な事を、戦のどさくさな時にしていたとは考えられません。
おそらく粽の変種として、江戸時代以降に笹だんごが作られる様になったのではないかと思われます。
② 端午の節句に日本で食べられる粽
平和な江戸時代になると軍用の粽の需要が減り、それに代わって新たな調理法が考案され、それが現代の和菓子の粽になったと推論してもおかしくないでしょう。
江戸時代、1697年(元禄10年)に刊行された本草書『本朝食鑑』には4種類のちまきが紹介されています。
1.蒸らした米をつき、餅にしてマコモの葉で包んでイグサで縛り、湯で煮たもの。クチナシの汁で餅を染める場合もある。
2.うるち米の団子を笹の葉で包んだもの。御所粽(ごしょちまき)、内裏粽(だいりちまき)とも呼ぶ。
3.もち米の餅をワラで包んだ飴粽(あんちまき)。
4.サザンカの根を焼いて作った灰汁でもち米を湿らせ、これを原料に餅を作りワラで包んだ物。朝比奈粽(あさひなちまき)と呼ばれ、駿河国朝比奈の名物という。
このうち、2は現在の和菓子屋で作られる和菓子のちまきの原型であり、現在の餅の原料は葛に代わっている。笹の葉を用いたのは川端道喜という京の菓子職人であり道喜粽とも言われる。現在でも川端家はちまきを製造しており、代表的な京菓子の一つである。京都を始め、各地の和菓子屋で製造されるちまきは大半がこのカテゴリーに入るものと思われる。端午の節句に作る店が多い。(ウィキペディアより)
日本古来のオーソドックスな粽は、祭事用(貴族)⇒軍事用(武士)⇒和菓子(庶民)と変化して現在の和菓子の『粽』が誕生する事になったのではないでしょうか。
中国の粽
起源
① 戦国時代
今からおよそ2300年前の中国、
宮城谷 昌光氏(みやぎたに まさみつ)の小説でお馴染みの戦国時代、戦国の七雄の一つ
楚に、
屈原(くつげん)という政治家、詩人がおりました。
屈原は楚王の側近として仕え、その正義感と国を思う強さで人々から大変慕われていましたが、陰謀によって失脚し、国を追われてしまいます。
その時の思いをうたった「離騒(りそう)」という長編叙事詩は中国文学の名作となりますが、国(楚)の行く末に失望した屈源は、汨羅(べきら)という川に身を投げてしまいました。
その日が5月5日。屈原の死を悲しんだ楚の民は、川に沈んだ屈源が魚に食べられてしまわないよう、小船の上から太鼓を叩いて魚をおどしたり、供物を投げ入れて弔いました。
② 漢の時代
ところが漢の時代に、里の者が川のほとりで屈原の幽霊に出会います。
幽霊曰く、里の者が毎年供物を捧げてくれるのは有り難いが、残念なことに、私の手許に届く前に蛟龍(こうりゅう)という悪龍に盗まれてしまう。
だから、今度からは蛟龍が苦手にしている
*楝樹(れんじゅ)の葉で米を包み、五色の糸で縛ってほしい。と言ったのである。
里の者は、あいわかった、と承知して、以来、楝樹(れんじゅ)の葉で米を包み五色の糸で縛って川へ流したので、無事に屈原の元へ供物が届いたのでした
*楝樹(れんじゅ)の葉⇒笹の葉
これがよく知られている粽の起源です。
端午の節句の起源 5月5日⇒屈原の命日
端午の節句の起原は、古代中国に遡ります。古来より中国では、物忌みの月(5月)には厄払いの行事が盛んに行われていました。
端午の「端」は文字通 り「はじ/最初」の意味で、「午」は「うま」つまり端午とは、五月の最初の午の日に行われると言う意味です。最初は必ずしも五月五日ではなかったようで、午と五のゴロが同じことからこの行事は、やがて5が重なる重五の日、つまり5月5日に大切な厄払いの日として定着します。
これは、中国での屈原の命日と端午の節句とが、たまたま同じ日だったために、「端午の節句にちまきを食べる」と言う風に、ふたつの風習がくっついてしまったものの様です。
ところで、歴史の上ではどちらかと言えば些細なこの屈原の事件が、このように盛大な祭に発展していったのでしょうか?それは、次のような理由だと言われています。
急に暑くなるこの時期は、昔から病気にかかりやすく、亡くなる人が多かった。
その為、5月を『毒月』と呼び、厄除け・毒除けをする意味で菖蒲やヨモギ・ガジュマロの葉を門に刺し、 薬用酒や肉粽を飲食して健康増進を祈願したのでした。
端午の節句⇒子供(男の子)の日
① 平安時代
日本でも平安時代には五つの節句(人日・上巳・端午・七夕・重陽)が取り入れられ、当時五節句は貴族の間では、それぞれ季節の節目の身のけがれを祓う大切な行事として、よもぎ・菖蒲などの薬草を摘みに野に出て、その薬草を臣下に配ったり、悪鬼を退治する為に午から弓矢を射たりしたそうです。
菖蒲
② 鎌倉時代
古来おこなわれていた宮廷での端午の行事も、時が鎌倉時代の武家政治ヘと移り変わってゆくにつれ、だんだんと廃れてきました。しかし、武士のあいだでは尚武(しょうぶ=武をたっとぶ)の気風が強く、「菖蒲」と「尚武」をかけて、端午の節句を尚武の節日として盛んに祝うようになったのです。
③ 江戸時代
やがて江戸時代にはいると、5月5日は徳川幕府の重要な式日に定められ、大名や旗本が、式服で江戸城に参り、将軍にお祝いを奉じるようになりました。また、将軍に男の子が生まれると、表御殿の玄関前に馬印(うましるし)や幟(のぼり)を立てて祝いました。
やがて、これが武家に広がり、男の子が生まれた印として幟を立てるようになります。
そんな武家を見習い、江戸庶民の間で鯉の滝登りで立身出世のシンボルとなった鯉を幟にするアイデアがうまれました。
こうして武家の幟に対して、町人の間で鯉幟(こいのぼり)が揚げられるようになり、端午の節句に欠かせないものとなりました。
このような時代の変遷のなかで、薬草を摘んで邪気をはらうという端午の行事が、男の子の誕生の祝いへと結びついていったと考えられます。
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